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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(行ツ)24号 判決 1988年10月21日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人らの上告理由について

一  選挙権の平等と選挙制度

議会制民主主義の下における選挙制度は、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることを目的としつつ、他方、政治における安定の要素をも考慮しながら、各国の実情に即して決定されるべきものであるところ、日本国憲法は、国会を構成する衆議院及び参議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであるが(四三条二項、四七条)、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利については、憲法四四条但し書の規定が選挙資格における差別を禁止するにとどまらず、憲法一四条一項の規定は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも所期しているものと解すべきである。しかし、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。

憲法が法律に委任している衆議院議員の選挙制度につき、公職選挙法がその制定以来いわゆる中選挙区単記投票制を採用しているのは、候補者と地域住民との密接な関係を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめようとする趣旨に出たものであり、このような選挙制度の仕組みの下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるというべきであるが、それ以外にも考慮されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等の諸般の事情が存在するのみならず、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要素の一つである。このように、選挙区割と議員定数の具体的決定には種々の政策的及び技術的に考慮すべきものがあり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかは、憲法一四条一項の規定の所期する投票価値の平等の最大限の配慮の下に、国会の裁量権の合理的行使によるものである。

右の見地に立って考えても、公職選挙法の制定又はその改正により具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の異動によりそのような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ないものというべきである。

以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、同昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、同昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁)の趣旨とするところである。

二  本件議員定数配分規定の合憲性

昭和六一年七月六日施行の衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)が依拠した公職選挙法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし一〇項の議員定数配分規定(以下「本件議員定数配分規定」という。)は、公職選挙法の一部を改正する法律(昭和六一年法律第六七号。以下「昭和六一年改正法」という。)による改正にかかるものであるが、前記昭和五八年大法廷判決において、昭和五五年六月二二日施行の衆議院議員選挙当時、右改正前の公職選挙法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし九項の議員定数配分規定の下において存した選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差一対三・九四は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものであるとの判断が示され、次いで前記昭和六〇年大法廷判決において、昭和五八年一二月一八日施行の衆議院議員選挙当時、各選挙区における議員一人当たりの選挙人数に最大一対四・四〇の較差を生ぜしめていた右議員定数配分規定は憲法一四条一項等に違反していたとの判断が示されるに至ったことに対応して、国会は、右議員定数配分規定の改正を急務としてこれに取り組み、種々の経緯を経て第一〇四回国会において、漸くにして、八選挙区につき議員数を各一名増員し、七選挙区につき議員数を各一名減員するとともに、減員によって二人区となる選挙区のうち和歌山県第二区、愛媛県第三区、大分県第二区については隣接選挙区との境界変更により二人区を解消することを内容とする昭和六一年改正法が成立したのであり、衆議院本会議において、同改正法が可決された際、「今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする」との決議がされたこと、右改正の結果、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対二・九九となったこと、本件選挙当時において、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大一対二・九二となっており、また、人口の多い選挙区の議員数が少ない選挙区の議員数よりも少ないといういわゆる逆転現象が一部の選挙区間でみられたことは、原審の適法に確定するところである。

右の原審の適法に確定したところによれば、本件選挙においては、その当時の右議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差及び逆転現象が示す選挙区間の投票価値の不平等が存するものというべきであるが、その不平等は、右昭和六一年改正法の成立に至るまでの経緯に照らせば、選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙制度の下で、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達している、とまではいうことができない。すなわち、昭和六一年改正法による議員定数配分規定の改正によって、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対二・九九となり、本件選挙当時において選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差は最大一対二・九二であったのであるから、前記昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決が、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正の結果、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対二・九二に縮小することとなったこと等を理由として、前記昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正により一応解消されたものと評価できる旨判示する趣旨に徴して、本件議員定数配分規定が憲法に反するものとはいえないことは明らかというべきである。もっとも、本件議員定数配分規定が違憲とまではいえないことと、右配分規定による議員定数の配分が国会の裁量権の合理的行使として適切妥当であるかどうかとは別問題であることはいうまでもなく、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって速やかに議員定数配分規定の抜本改正の検討を行う旨の前記衆議院決議も、その見地に立ってされたものと理解される。

以上と同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官島谷六郎の補足意見、裁判官奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官島谷六郎の補足意見は、次のとおりである。

私は、多数意見に賛成するものであるが、なお、以下のとおり、私見を付加しておきたい。

議会制民主主義の下においては、国民は、選挙権を行使することによって国政に参加することができ、選出された代表を通じて国民の利害や意見が国政に反映されるのであって、選挙権は、国民に国政参加の機会を保障するものであり、その意味において国民の基本的権利であるといわなければならない。そして、国民は、この基本的権利である選挙権の行使において、すべて平等に扱われなければならないのであって、それは憲法一四条一項、四四条但し書の要請するところである。選挙権の平等の原則は、まさに選挙制度の根幹をなすものである。選挙制度は、選挙権の平等の原則に基づき、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるための代表の選出を目的とし、かつそれを可能とするものでなければならないのである。

衆議院議員の選挙制度についてみるに、選挙権の平等の原則及び右選挙制度の目的に照らしてみれば、選挙区割及び議員定数の配分を決定するにあたって、各選挙区の選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要な指標とされるべきことは、明らかである。具体的には、人口比のほか、行政区画、地理的な条件はもとより、歴史的、経済的、社会的な諸条件が考慮されなければならないので、比率の平等を完全に実現することが極めて困難であることを認めなければならないが、各選挙民の一票の価値が同等となるように出来るかぎり比率の平等に近づけるべきものであり、したがって、人口比以外の政策的要素は、考慮に値するものとしても、第二次的なものとして考慮するにとどめ、政策的及び技術的な理由によって生ずる選挙区間の議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差は、どれほど大きくなったとしても、一対二を超えないようにするのが適切妥当な方策であると考える。一対二の比率であっても、過少配分選挙区の一人の一票の重さは、過大配分選挙区の一人の一票の重さの半分しかないことになるのである。昭和二五年の公職選挙法制定当時における選挙区間の議員一人当たりの人口の較差は最大一対一・五一であった。その後、人口の都市集中化等に伴う人口の異動により議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差は拡大し、昭和三五年一〇月実施の国勢調査の人口に基づく最大較差は一対三・二一となり、同三九年七月の議員定数配分規定の改正により一対二・一九に縮小したものの、較差はその後も拡大していき、今日まで最大較差が一対二を大きく超える状態が続いているのである。昭和五〇年七月にも議員定数配分規定の改正が行われたが、右改正が人口の異動に応じた十分に適切妥当な是正措置であったということはできない。既存の選挙区割や議員定数の配分の仕組みを変更するについては、数多くの困難を伴うことではあろうが、その困難を克服し、適切な選挙制度を実現していくことは、憲法により選挙制度の仕組みの決定をゆだねられている国会の責務であろう。

昭和六一年改正法による議員定数配分規定の改正により、昭和六〇年一〇月の国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は、改正前の一対五・一二から一対二・九九に縮小したのであり、昭和六〇年大法廷判決によって違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正によって一応解消されたものと評価できるが、右一対二・九九という人口較差を残す右議員定数配分規定の改正は適切妥当なものというにはほど遠く、むしろ、右較差の示す投票価値の不平等状態は、違憲と判断すべき状態に極めて近接しているものというべきである。衆議院本会議において、昭和六一年改正法が可決された際、「今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする」との決議がなされたのも、右議員定数配分規定の改正が適切妥当な議員定数の配分という観点からはなお不十分なものであり、更にその改正を行う必要があるとの見地に基づくものと理解することができる。昭和六二年三月三一日の時点において住民基本台帳人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対三・〇八に達し、右人口較差は今後も拡大する傾向を示しているのである。議員一人当たりの人口の較差がこのように拡大し、人口増加地域の住民が人口比例というにはほど遠い数の代表しか選出できないということは、国民がその選出した代表によって国政に参加するという議会制民主主義の根本理念に深くかかわる重大事であるといわなければならない。選挙権の平等の確保のため、議員定数配分規定の抜本的改正が速やかになされることが強く望まれるのである。

裁判官奥野久之の反対意見は次のとおりである。

私は、本件選挙当時において本件議員定数配分規定が憲法に違反するに至っていなかったとした原判決を正当とし、本件上告を棄却すべきものとする多数意見に賛成することができない。その理由は、次のとおりである。

一 代議制民主主義体制をとる憲法の下においては、代議員たる国会議員を選出するための投票権が平等に与えられ、かつ、これを自由に行使し得ることが何よりも重要であり、投票価値の平等は憲法一四条一項及び四四条但し書を待つまでもなく、最も基本的な要請であるといわなければならない。

一方、選挙制度は、国民の政治的選択が効果的に表明されるよう国情に即して定められ、また、制度としての安定性を保つ必要があり、わが国の衆議院議員選挙においては、多年の歴史的経験を経て、いわゆる中選挙区単記投票制がほぼ定着した制度となっている。この場合、選挙区は都道府県等の行政区画に基づいて定めざるを得ず、総定数にもおのずから限度がある以上、完全に投票価値の平等を実現することは不可能といってよいが、極力これに近づけるよう選挙区割の設定変更、並びに各選挙区への議員定数の配分を工夫すべきである。

憲法は四七条において、選挙に関する事項を法律事項としているが、投票の自由及び平等のような基本的要請については、国会に許される裁量の幅は狭く、投票価値の平等の要請に関していえば、選挙区間における投票価値の較差は、いかに非人口的要素を加味しても、最大一対二程度を限度とすべきである。したがって、較差がこの程度にとどまるときは一応右要請は充たされているものとしてよいが、これを超えるときは、投票価値が過大又は過小となっている選挙区に特有の歴史的地理的事情があって特殊な例外とみなければならないといった特別の事情がない限り、投票価値の平等は実現されていないものというべく、このような不平等状態が合理的な相当の期間内に是正されないときは、議員定数配分規定は憲法に反するに至るものと考えられる。

二 本件において原審が適法に確定したところによると、本件選挙当時、選挙区間の投票価値の較差は最大一対二・九二に達し、また、いわゆる逆転現象が一部の選挙区間にみられたというのであり、これにつき何ら特別の事情があったことは明らかにされていないから、憲法の平等の要請に反する投票価値の不平等の状態が存したものといわなければならない。

ところで、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差(最大)の推移をみると、公職選挙法制定当時の議員定数配分規定の下において、昭和二一年四月の臨時統計調査の人口による最大較差は一対一・五一にとどまっていたのが、同三五年一〇月実施の国勢調査の人口によると一対三・二一に拡大し、一旦は同三九年七月の公職選挙法の改正により一対二・一九に縮小し、一応是正されたものの、早くも翌四〇年一〇月実施の国勢調査の人口によると一対三・二二に拡大し、その後はおおむね拡大の一途を辿り、同五〇年七月の同法の改正によっても同四五年一〇月実施の国勢調査の人口を基準とする最大較差が一対二・九二にしか縮小できず、遂に同六〇年一〇月実施の国勢調査の要計表人口による最大較差は一対五・一二に達するに至った。昭和六一年の議員定数配分規定の改正は、このような著しい較差をとりあえず一対三以内に圧縮することを急務としてなされたものであるが、その結果は最大較差が一対二・九九に縮小されたにすぎず、右改正によって投票価値の不平等状態が是正されたということはできない。しかも、このような較差拡大の傾向が戦後経済の急速な発展と産業構造の変化に伴う人口移動によるものであり、かつ、逐年その度を増しつつ今日に至っていることは、いわば公知の事実に属するにかかわらず、そのことが明瞭に看取されたと思われる昭和四〇年一〇月の国勢調査結果判明の時点からでも、本件選挙までに約二〇年の歳月が経過しているのであるから、いかに定数配分規定改正の作業が困難なものであるにせよ、是正のための合理的期間を遥かに超えていることはいうまでもあるまい。

よって、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法に違反するに至っていたものといわなければならないが、昭和六一年の議員定数配分規定改正の経緯、特に右改正が昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決の趣旨を踏まえ緊急の措置として行われたこと、並びに衆議院が昭和六一年五月二一日の本会議において、昭和六〇年国勢調査の確定人口に基づき早急に抜本的改正の検討を行う旨を決議していることにかんがみ、かつまた、右定数配分規定の違憲を理由として本件選挙を無効とした場合に生ずる重大な障害を回避すべき公益上の必要があることに省み、本件については、行政事件訴訟法三一条一項のいわゆる事情判決制度の基礎にある一般的な法の基本原則を適用し、主文中でその違法を宣言するにとどめ、選挙無効を求める請求は棄却すべきものと考える。

三 以上の次第であるから、前述したところと異なる見解の下に本件選挙を適法とし、上告人らの請求を棄却した原判決には、憲法の解釈、適用を誤った違法があり、本件上告はその限りにおいて理由があるから、原判決を変更して前記の趣旨の判決をすべきである。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 奥野久之)

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